幼少期より赤ちゃんや子供が大好きで、
将来は赤ちゃんや子供たちと触れ合える仕事に従事したいと思っていました。
最初の転機は小学3年生の頃、
アニメのキャンディー・キャンディーを見て感化され、看護の道を志しました。
助産師という職業の存在を知ったのは看護学生時代。
憧れを抱いたものの、実習の過酷さに気持ちが折れ、進学を断念。
看護師としてスタートを切りました。
初めての職場は小児病棟。
大好きな赤ちゃんや子供たちのお世話をしたい…という理由でした。
そこで NICU(新生児集中治療室)に配属されました。
ところが…
NICU は生と死が交錯するシビアな環境。
大好きな赤ちゃんと触れ合える、お世話ができるという喜びもつかの間、
救うことの出来ない多くのかけがえのない命を目の前にし、
その重みに耐えきれず、早々に燃え尽き症候群になってしまいました。
悶々とした日々を過ごしていた中、恩師より「助産師になってはどうか?」とアドバイスされ、
「そうだ、生まれてからでは救えない命も生まれる前だったら救えるかもしれない」
と一念発起し、助産師への道を進むことになりました。
今、その当時を振り返ると、人生経験も浅く、
目の前で展開しているシビアな現実のみに目を奪われていました。
大好きなお父さん、お母さんと離れ、毎日毎日痛みを伴う様々な処置。
小さな身体に何本ものチューブがつながれている赤ちゃんたちに対して感傷的になっていました。
でも、それだけでは決してありませんでした。
小さな身体で懸命に生きようとする姿がそこにはありました。
また、その子を慈しむお父さんやお母さんの大きな愛もありました。
1人1人の赤ちゃんが、そして家族が私にとって人生の先生となっていました。
それぞれの命の大きな意味を持って人は生まれてくる。決して命の長短で幸・不幸は図れない。
与えられた命の中でどれだけ思いを込め、精一杯輝けるか?といった命の尊厳を教えてもらいました。
NICU で出会った多くの赤ちゃん、ご家族と接し学んだ多くのことが、
その後の私の助産師人生の礎となったと深く深く感謝します。
実は入学するまで桶谷式について理解に乏しく、
世の中の桶谷式のイメージと同様 “厳しい、怖い” と誤解していました。
そんな私が何故桶谷式を学ぼうと思ったのか?
助産師として病院で勤務していた頃、
「おっぱいが張って痛い」、「赤ちゃんがうまく吸いつき、飲めない」
など、様々なトラブルを抱え、母乳育児がスムーズに進まない母子に対し
適切な援助の方法が分からないといったジレンマを抱えていました。
そんな頃、病院内で業務改革があり、
経験の浅い私がチームリーダーとなり、
後輩や学生の指導をする立場になってしまいました。
当然うまくいくはずもなく、加えて現場大好きの私には、
お母さんや赤ちゃんと接する機会も減ってしまい、ストレスを感じる日々でした。
元々、将来的には助産院で継続的な看護をしたいと思っていました。
転職を考え、書店で “東京助産師MAP” という一冊の本を手にとったことが桶谷式の道へと進むきっかけとなりました。
桶谷式に関してほぼ無知の私は、その本の中にあった研修センターの存在を知り
(実は研修センターは東京にしかなかったのですが…)
「桶谷式って東京にも学ぶ所があるんだ」とまたまた誤解し、
母乳育児を援助するためのスキルアップを図り、
母乳育児を希望するお母さんや赤ちゃんに還元したいと思うようになりました。
いよいよ受験を決意し、研修センターに行った際、私の考えを一新する出来事がありました。
研修生の方に控え室に案内され、そこでお茶菓子として出されたものが “チョコパイ” 。
もうビックリ!!「えーっ、桶谷式に来てチョコパイを出されるなんて…」
「桶谷の人も食べるんだ」と。その後、実際にマッサージをしているところを見学。
その時、マッサージを受けているお母さんが
「先生、昨日ケーキ食べちゃいました」と衝撃の告白。
「えーっ、そんなこと言ったら怒られちゃうよ」と思った私。
ところが…、それを聞いた担当の認定者の方の反応は、
「美味しかった?まぁ、食べ過ぎないでね…」と。
本当に衝撃でした…。私がそれまで耳にしていた桶谷式のイメージとは大きく異なるものだったのです。
他人の見聞・評価で桶谷式に対してのイメージを固定化していた自分が恥ずかしく、深く反省しました。
加えて、来室されているお母さんとの会話の中で
「病院のマッサージは痛いだけで、よくならなかった。
桶谷式に通うようになって初めて痛くないマッサージで楽になり、母乳育児が楽しくなった。」
と、私が日々感じているジレンマを指摘されました。
「そうかー、桶谷式って本当に痛くないんだ。お母さんもこんなに楽しく母乳育児が出来るんだ。」と…
見学の中で多くの発見や学びのあった私ですが、その中でも一番感動し、
絶対に桶谷式を学びたいと決定づけたことは
“来院されている赤ちゃんたちが活き活きと元気いっぱいに動いている姿、キラキラと輝いている瞳”
でした。こんな赤ちゃんたちが多くいる桶谷式に間違いはない。この道を信じて進んでいこう…と。
ゼロからスタートした私は入学後もかなり紆余曲折な人生でした。
その後の話も聞いてみたいと思われる方は、来院時お声をかけてください。